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2016年10月7日金曜日

アメリカ国内に「北朝鮮の亡命政府(亡命政権)」を樹立する動き

☆米に「北朝鮮亡命政府」、脱北エリートが樹立計画
(韓国紙「東亜日報」日本語版)

http://japanese.donga.com/List/3/01/27/756266/1

https://web.archive.org/web/20161007114336/http://japanese.donga.com/List/3/01/27/756266/1

亡命政府樹立計画に深く関与している脱北者団体長のA氏は6日、「来年初め、米ワシントンで仮称『北朝鮮自由民主亡命政府』の樹立を宣言する計画だ」とし、「すでに脱北団体長約10人から意見を聴いた」と明らかにした。



《備考》

☆亡命政府

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A1%E5%91%BD%E6%94%BF%E5%BA%9C

亡命政府(ぼうめいせいふ)とは、クーデターや他国による占領などでその国の政治から排除された元首または国民などが、外国に脱出してその地で組織する政府組織。通常は転覆された政権のメンバーが中心となって亡命先で結成し自らの正統性を主張しているものを呼ぶ。いくつかの国家の支持・支援を受けている場合もある。



☆赤道ギニア亡命政府

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E9%81%93%E3%82%AE%E3%83%8B%E3%82%A2%E4%BA%A1%E5%91%BD%E6%94%BF%E5%BA%9C

赤道ギニア亡命政府(せきどうギニアぼうめいせいふ、スペイン語:Gobierno de Guinea Ecuatorial en el exilio)は、赤道ギニアの最大野党勢力赤道ギニア進歩党 (PPGE) が2003年、スペインのマドリードに樹立した亡命政府。

赤道ギニアは中部アフリカの西部に位置する小国だが、1968年の独立以来絶えず独裁体制が敷かれてきた。1987年には独裁政党赤道ギニア民主党 (PDGE) が結成され、現在に至るまでテオドロ・オビアン・ンゲマを大統領とするPDGE政権が続いている。PDGEは1990年代前半、形式的に一党独裁を放棄。それを受け、セベロ・モトヌサを党首とする赤道ギニア進歩党 (PPGE) が結成された。だがPDGEの権威主義的支配体制は変わらず、野党勢力にはPDGE政権と妥協するか、そうでなければ弾圧されるかという2つの選択肢しか残されていなかった。

市場経済・民主主義を党の2大柱とするPPGEは常に最大野党として、PDGE政権を批判する立場にあったが、これにより弾圧対象として政府側に認知され、PPGEは活動停止、党首モトヌサは武器密輸容疑をかけられスペインに亡命した。モトヌサは赤道ギニア国内に残る大半のPPGE幹部を指揮しながら、政権奪取の機会をうかがうこととなった。そして遂に2003年、PPGEは亡命先のスペインにおいて「赤道ギニア亡命政府」の樹立を宣言、モトヌサが亡命政府大統領に就任したのである。

赤道ギニアのPDGE政権は亡命政府を陰ながら攻撃し、亡命政府の勢力拡大を防いだ。モトヌサ自身、2005年3月19日から4月30日までの約1ヶ月半、クロアチアの首都・ザグレブで行方不明となっていた。これにはPDGE政権に雇われたクロアチア人暗殺者の存在が指摘されているが、暗殺者とモトヌサが共にカトリック信者であり、「私がカトリック信者であったから、暗殺者は私を見逃した」とモトヌサは語っている。

このように、亡命政府の勢力はPDGE政権に比べると脆弱で、政権交代の可能性は、現状ではほぼ無いと見られている。だが同時に、PDGE政権が国際的に独裁政権と見なされていることからすると、亡命政府が他国の支援を取り付ける可能性も無いわけではなく、勢力が弱いとはいえ、PDGE政権にとって脅威であることに変わりはない。

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